* DM(郵送で届いた)


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 BAD SiX BABiESは、人脈図的発想からいえばTHE SLUT BANKSの存在抜きには語れないバンドである。
 なにしろ4人のメンバーの中、3人までがそこに名を連ねていた男たちなのだから。
 しかし、ここにTHE SLUT BANKSの歩みや、フロントマンの木フトシがかつて在籍したTHE HATE HONEYの音楽性について述べるつもりは毛頭ない。
 今、BAD SiX BABiESについて何よりも雄弁に語れるのは、そうした過去完了形の事実ではなく、 小気味良いフットワークで重ねられていくライブ・パフォーマンスと、ここに登場した3曲の刺激的音源に他ならないのだから。

 彼らは2000年8月にこのラインナップでのセッションを開始。最初にスタジオで4人が顔を会わせたその日から曲作りに取り組むという足取りのかるさをもって、 たちまち数曲のオリジナルを完成させ、10月5日にはイベントへの参加ながら新宿ロフトにて初ライブを行っている。当然ながら。彼ら自身以外には誰も知らない曲ばかり連射される演奏内容ではあったが、 この日を境に、ここで披露された楽曲たちは、純粋な刺激と興奮を求めるロック・ファンにとっての、最も待ち遠しい音源のひとつになった。

 ここに収められた3曲は、2000年10月下旬のある日、都内某スタジオにおいて、たった1日でレコーディングされたものである。それぞれの楽曲についても、音そのものが、 まわりくどい比喩も小賢しい戦略もなく”本音のみ”で語っている以上、この場であれこれ分析/解析するのは無意味だろう。

 ロックが本来持ち合わせていたはずの初期衝動。それをカタチにしたいとか、それをなによりも大事にしたいとか、誰もが口にする。が、この世に溢れる、そんな宣伝文句とする作品、 いや商品たちに、果たしてどれだけのホンモノの衝動が詰め込まれているだろう。もちろん何より受けて側がどう感じるかが問題なのだから、誰かの名前を具体的にあげて、この場でとやかく言うつもりはない。 だが、このBAD SiX BABiESが紛れもなく衝動に忠実な活動をしていることは、たとえ彼らの素性を知らない人であろうと、この音を聴き、ここに記したいくつかの事実を知ったならば、 僕が声高に訴えるまでも無くご理解頂けることだろう。

 会ったその日に曲作り。そこから2ヶ月とたたないうちに初ライブ。たった1日でレコーディング完了。こうした事柄は、彼らがいかにその瞬間の閃きを重んじ、 策略ではなく本能に忠実に突き進もうとしているかの証である。裏を返せば、確かにそこには「コレしかやりようがない」という事実もありはする。現在彼らを取り巻く、いわゆる契約や後ろ盾の類の一切無縁の実情は、 悲観的な見方をすれば「すべてを失った」ということにもなろう。が、同時にこれは「すべてを得た」ことも意味するのだ。なにしろ4人は、バンドを締め付けるべきすべてのモノから解き放たれた状態にあるからだ。

 彼らの音楽のそものにもついて同じようなことが言える。必要以上のヒネリも含みもない、コンセプトとかポリシーという言い訳も存在しない彼らなりのロックン・ロールは、 彼らにとって「コレしかできない」ものであると同時に「コレをやらせりゃ世界一」という自身に裏付けられたものでもあるのだ。しかも彼らの「コレしかできない」が、音楽的許容範囲や技量の都合に起因するものでは あり得ないことはご存知の通り。感情と欲求、すなわち「コレしかやりたくない」という強い思いに基づくものなのである。もっと正確に言えば「カッコ悪いことはやりたくない」なのだが。

 仮にここにコンセプトが存在するとすれば、それは「カッコいいロックン・ロール」。ポリシーが掲げられるとすれば「誰にも邪魔されずにそれを追求すること」。アーティストにとっての”成功”とは、数字に裏付けられた 物理的・経済的なものではなく、もっとシンプルで精神的なものだと思う。極論をいえば、「やりたい時に、やりたいことをやる」自由と、それが許される環境を手に入れることこそが、クリエイティヴな活動に身を置く者たちにとって、 何よりも大きく、かけがえのないサクセスなのだ。こんなことを言うと、戸城はおそらく「キレイごと言ってんじゃねェよ。金ヅルや後ろ盾はあったほうがいいに決まってんじゃんか!」と声を荒らげるだろう。だけど、この音に接したならば、誰もが確信するはずだ。 「こんなクールなバンドは世の中が放っておくはずがない」と。

 11月のある日、僕はこの音源を彼らの敬愛するアメリカの某ミュージシャンの手元に届けている。簡単なバイオグラフィと、以下のメッセージを添えて。

 「名前すら聞いたことのないバンドのはずだけど、ご心配なく。まだ日本でも本当にスルドイ人たちしか彼らをしらないから。彼らは今、契約も何もないけど、2001年には誰もがコレをクールだと言い、あなた自身も絶対に気に入るはずだと信じているから」

 一体手紙の相手は誰なのだろうか?戸城の嗜好と「その頃に誰が来日していたか」を考えれば明白じゃないか。この文面に対する返答は、この原稿を書いている時点ではまだ届いていない。が、しかし返事は来ようと来なかろうと、僕がここで記したことはきっと現実になるはずだ。 そんな確信が、この音源を媒介に伝染していくことを信じて・・・。
2000.11.13 増田勇一




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